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熊本地方裁判所 昭和31年(わ)615号 決定 1957年3月04日

本籍

熊本県荒尾市増永八百八十七番地

住居

右同所

国鉄職員

浦正武

大正十年一月六日生

右の者に対する公務執行妨害並びに建造物侵入被告事件につき、被告人及び弁護人等から本件に昭和三十一年四月十六日仙台地方裁判所に起訴され現に同裁判所刑事第二部に係属している被告人に対する公務執行妨害被告事件を併合審理されたい旨の請求があつたので、当裁判所は検察官の意見をきき次の通り決定する。

主文

本件請求はこれを却下する。

理由

本件請求の要旨は、「被告人に対しては外二名と共に昭和三十一年四月十六日公務執行妨害被告事件につき仙台地方裁判所に起訴せられ、現に、同裁判所刑事第二部に係属中であるが、被告人は従来国鉄労働組合本部中央執行委員として東京に居住していたところ昭和三十一年九月十六日以降右中央執行委員を辞任し同労働組合熊本地方本部に復帰し、家族諸共その住居を熊本県荒尾市増永八百八十七番地に移転するに至つた。従つて今後若し、仙台地方裁判所において当裁判所に起訴されている公務執行妨害等被告事件を併合審理せらるる場合にはその開廷の都度九州より仙台まで延々六十余時間を費して往復する外なく、加之前記中央執行委員辞任に伴い鉄道パスも返上したのでその費用は莫大に上り到底その負担に堪えられない状態であり、被告人の親戚知己等すべて当裁判所の管轄区域内に居住し、いずれも深く公判の進行及びその結果を心痛している。被告人は相被告人野尻光成と共に当裁判所に起訴されているので、若しこの事件を仙台地方裁判所に併合審理されるとすれば、両事件の難易、被告人の数等よりして、当裁判所に併合審理されるよりもより複雑な形態となる公算大であると考えられる。なお、仙台地方裁判所においては他の相被告人二名は既に検察官の証拠申請を了した段階であるに拘らず被告人のみ上記の諸事情のため昭和三十一年八月二十二日の第二回公判において起訴状朗読を終つた段階にある。」というのである。

按ずるに、被告人が斎藤実及び石垣徳哉と共に公務執行妨害罪につき昭和三十一年四月十六日仙台地方裁判所に起訴され同裁判所昭和三十一年(わ)第一〇一号事件として現に同裁判所に係属中であることは被告人等の本件請求書添付の昭和三十一年四月十六日附起訴状写及び仙台地方裁判所裁判所書記官の回答書によつて明らかであり、又被告人が右起訴当時は東京都太田区糀谷一丁目二百十六番地に居住していたが、現在は、熊本県荒尾市増永八百八十七番地に居住していることは当裁判所第三回公判において当裁判所の人定質問に対し被告人の述べたところより間違いないと思われる。以上の事実関係から被告人等が当裁判所に対してなした当裁判所に現に係属中の被告人外一名に対する当裁判所昭和三十一年(わ)第六一五号公務執行妨害等被告事件(昭和三十一年九月十日起訴)に仙台地方裁判所に現に係属中の被告人に対する前記公務執行妨害被告事件を併合して審理されたい旨の請求は、一応その要件を備えている。然しながら仙台地方裁判所裁判所書記官の回答書により被告人と共に起訴された被告人斎藤実及び同石垣徳哉に対する同裁判所の公判審理の進行状況を見ると(右斎藤、石垣の両被告人については本件被告人に対する弁論を分離して審理中、)立会検察官より現場検証と証人五名の取調請求があり、右現場検証と証人五名中三名を検証現場において取調べる旨の裁判所の決定がなされており、なお今後検察官において更に約十名の証人を取調べ請求する予定であり、弁護人側においても十数名の証人の取調べ請求の予定であることが窺える。而も右取調べ請求予定の証人は検察官側の証人一名が山形県に居住する外全部宮城県内の居住者である。勿論前記斎藤及び石垣両被告人に対する上記検証及び証人調べ等が本件被告人の場合にも全部繰返されねばならないものとは考えられない(石垣被告人については単独犯にかかる第二事実があり、又弁護人側証人の中には斎藤及び石垣各被告人についてだけの情状証人も含まれているかも知れない。)が、被告人についてもその単独犯行にかかる第一事実もあり、証人等も相当数に上るべく且つ検証の必要も予想されるわけである。斯様に現場の検証及び宮城県若しくは山形県在住の証人多数を取調べる必要の予想される事件を当裁判所に併合して審理することとなればその審理の困難性は仙台地方裁判所において審理されるよりも倍加することが予想される。或は相被告人たる斎藤、石垣の両被告人の関係において仙台地方裁判所が取調べた証拠を援用することによりこの困難は除かれるとの考え方もあろうが、分離中の相被告人関係で取調べた証拠を公訴事実が同一であるからと云つて他の被告人関係でそのまま証拠とすることの出来ないことはいうまでもないところであり、被告人の証拠とすることの同意を予定することも絶対に許されないところである。現場検証はその現場に臨んで施行しなければならないから是非現場に出張しなければならないので、その現場で必要な証人を取調べることは当然予想されるところであるが、その他の証人を当裁判所に喚問することは宮城県若しくは山形県に居住する証人等にとつては経済的にも時間的にも将又社会的にも難きを強いることになり妥当ではない。斯かる場合に備えて訴訟法は嘱託による証拠調の制度を持つているが、(検証についても嘱託を許されている。)若し証人等を関係裁判所に嘱託した場合被告人及び弁護人等も亦右受託裁判所に出頭すべきこととなる。(出頭の義務ありと云うのではないが。)本件請求の最大の理由は、被告人が現に当裁判所の管轄区域内に居住しているので開廷の都度仙台地方裁判所の公判廷に出席することは堪えられない負担であるというにあるが、右の如く仙台地方裁判所の事件を当裁判所の事件に併合しても、検証の為は素より証人調の為にも被告人及び弁護人は宮城県若しくは山形県に出張しなければならないこととなる。或は又被告人及び弁護人等は当裁判所に併合した上当裁判所(又は受命裁判官)が宮城県等に出張して検証及び証人調全部を継続して一気に済ませるという方法を期待しているかも知れないが、事件の輻輳に応接の暇ない当裁判所にとつては一週間ないし二週間(往復の時間を計算に入れると少くともこの位の日時を要するものと思われる。)をこの事件のためにさくことには非常な無理があり、又この事は論外とするも、被告人及び弁護人等も亦宮城県等にそれだけの期間出張しなければならない筋合であつて、被告人等においてその都度の公判期日に出頭することが堪えられないことであれば、仙台地方裁判所において継続して一週間なり十日間なり被告人関係の証拠調を施行し一気に集中審理を行うようにした方がより得策と思われる。特に当裁判所に係属中の前記被告事件における被告人及び弁護人等の防禦活動の実跡を顧ると、被告人等は速記士の立会を要求し、録音器の使用を強調する。当裁判所には速記士の配置がなく、録音器を使用するにしても当裁判所(若しくは受命裁判官)が宮城県等に出張して公判準備として証人調べ等を施行する場合には、仙台地方裁判所がこれを使用する場合に比し多くの困難を伴うことが当然予想される。(被告人等は右において仙台地方裁判所においては速記士を立会させられたのに、当裁判所がこれを立会せしめないことを非難している。)嘱託により証拠調を施行するにしても以上の困難性が存することに変りはない。のみならず嘱託による証拠調の施行は本来変則であつて、直接審理主義の要請にも添わないし、被告人等も必ず口頭主義を強調するものと思われる。要之、被告人等は仙台地方裁判所の公判期日に出頭することの困難性を本件併合請求の理由とするけれども、その困難性は仙台地方裁判所の前記被告事件を当裁判所の前記事件に併合しても何等異るところはないのであつて、寧ろ、仙台地方裁判所において被告人等の利益を考慮し継続審理の方法等を採るようにすれば、当裁判所に併合して審理することに比し、却つて被告人等の利益に従うことになると思料されるし、適切妥当な審判と訴訟経済とを期待できよう。素より当裁判所に係属中の前記被告事件と仙台地方裁判所に係属している上記被告事件とが刑法第四十五条に所謂併合罪に当り、その双方が有罪の認定を受ける場合には同法第四十七条以下の適用を受くべき筋合に当ることは勿論で、これが各別の裁判所で二個の裁判を受けることになれば、被告人にとつて場合により、何等かの不利益となることが考え得られないこともないが、法律上併合罪は必ず併合して審理すべきものでもなく、諸般の事情を斟酌考量して併合するか否かを決すべきであり、又併合するについてもその時期については何等限定せられているわけではないので、右にいう諸般の事情の変更により今併合を不相当としても将来又併合を相当とするに至るべきことも考え得られるから、今これを併合しないからと云つて被告人が蒙ることあるべき些少の不利益も絶対にこれを除外出来ないものではない。以上検討した諸般の事情に鑑みるときは、被告人等の本件請求は結局不相当としてこれを認容することができないので主文のとおり決定する。

(裁判官 木下春雄)

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